巨大な機械の向こうに“人”がいる。愛車への想いが深まる工場見学
自動車の製造工場を訪れたことはあるだろうか。技術の進歩で巨大な機械があちこちでうごめき、かなりの迫力がある。とある機会があり、マツダの防府工場に訪れた。マツダはどんな思いでクルマ造りと向き合っているのか。雑誌『ル・ボラン』および『マツダファンブック』を刊行している芸文社の新卒入社2年目、23歳の筆者自身の愛車がユーノス・ロードスターということもあり、マツダ車乗りとしては興味深い体験となった。
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8年ぶり開催! 熱量高めの「マツダ体験会」で知るクルマ造りの志
今回参加したのは、マツダが開催した「メディア編集者 マツダ体験会」。各媒体の若手編集者がマツダのクルマ造りへのこだわりに触れるべく、防府工場や美祢自動車試験場(かつてのMINEサーキット)がある山口県に集まった。実に8年ぶりの開催だそうだ。
2日間で構成された特別プログラムだが、内容がギチギチに濃すぎる。マツダが伝えたいことを、あれもこれもと詰め込んだのだろう。中でも、初日の防府工場見学。自動車製造工場の進化、機械・コンピューター性能の向上、もちろんスタッフも多く在籍しているが工場の内部は機械が忙しなく動いている。だが、クルマ造りに“人”を感じる。この“人”とは何なのか。マツダの志、「人馬一体」についても、防府工場から熱く伝わるものがあった。
数々の不運を乗り越えて。マツダの歴史と知恵が詰まった防府工場
まずは防府工場の歴史を伝えておこう。燃費よりも排ガスが問題視されていた1970年代初め、コスモスポーツをはじめとするロータリーエンジン車が大衆の人気を集めていた頃。北米の販売台数もみるみる成長し、マツダの生産台数は右肩上がりだった。そこで謳われたのが「マツダ5-5計画」。1975年までに国内販売月5万台、シェア5%アップ、そして年生産100万台を目指し、最新鋭の設備をそろえた新工場の建設を企てた。
その建設地に選ばれたのが山口県防府市西浦だったのだ。期待を大いに背負って建設が進んだのも束の間、建設開始直後のオイルショック、稼働まもなくのバブル崩壊、リーマンショック……。不運に振り回され続けた。だが、防府工場の歴史はマツダの歴史そのものである。すべての不運を乗り越えてきた。防府工場にこそ、マツダの知恵と技術が詰まっているのだ。
なぜバラバラのクルマが流れる? 非効率に見えて超効率的な「モノづくり革新」
防府工場は、変速機を作る中関地区と乗用車を組み立てる西浦地区にわかれる。さらに西浦地区はMAZDA2、MAZDA3、CX-30のスモール群を扱う「H1」、CX-60、CX-70、CX-80、CX-90のラージ群を扱う「H2」にわかれる。今回私が見学したのはH2だ。この中では、プレス加工→車体加工→塗装加工→車両組立加工という、大きく4つの工程で進んでいく。
防府工場の中に入って驚いたのは、ラインを流れる車体が異なる車種・異なるカラーであることだ。順番もバラバラ。統一感や規則性も感じられない。大蛇のようにうねり敷き詰められた大きなラインが1つ。そこを違うクルマが流れてくる。1つの車種(または型の近い車種)で1つのラインがあると思っていた筆者からは、想像もつかない光景だった。正直なところ、むしろ非効率なのでは、とさえ疑った。しかし、当然のことながらマツダの狙いがあるわけだ。
マツダの持つ市場は業界でいうと決して大きくない。世界のトップメーカーと戦うには生産効率を高める必要があった。競合力のある商品をいかに効率的に生産していくか、その中で「モノづくり革新」は誕生した。さまざまな車種が流れる多車種混流ラインも「モノづくり革新」の考え方に基づいている。
大きな1つのラインで同じように取り付けを行い、それぞれの細かなパーツはサブラインで組み立てておく。各商品の需要変動をサブラインで対応することで、メインラインは複雑化せずにすむという、シンプルかつ柔軟な生産基盤となっている。そして同じ仕組みが各工場に反映されている。どこの工場であっても同じ生産効率が保たれているのだ。
「人馬一体」への執念。最新技術と匠の技を融合させるのは“人”の手
マツダの精神とも言える「人馬一体」。ここにはただならぬ熱意・覚悟を感じた。ドライバーが意のままにハンドルを操る感覚を実現すべく、ホイールアライメントや車高を最新技術をもって高精度に造り込んでいる。またパワートレインは、マウント弾性軸と重心をピタリと合わせ、ミスアライメントゼロのジャスト搭載を行っている。こだわりと言うべきか、執念と言うべきか、走る歓びを届けたいマツダの人間中心の造り込みには頭が上がらない。
多くの最新技術や機械を用いて「モノづくり革新」を実現させているが、その裏には必ず“人”の手がある。混流生産を実現するために、生産側の事情をよく理解した上で開発をする必要がある。同じラインで運ぶには、ワイヤーの爪をひっかけるための穴が同じ位置になくてはならない。異なる車種であっても開発の段階で統一させているのだ。「モノづくり革新」は工場内の話ではなく、開発側にも深く浸透した考え方であった。
また工場内では、デジタル化されたプログラムによって、ほぼ自動的に生産されているかのようにも見えるが、そうではない。工場内の機械のメンテナンスは工場内のスタッフが自ら行っている。匠の技を精巧に再現するため、より効率的な稼働を目指すため、日々スタッフの調整がなされているのだ。最新技術を活用しながらも、人の手と融合させることをやめない、乗り手のことをいちばんに考えるマツダらしいモノづくりの志と言えるだろう。
人を想うクルマ造り。現場で受け継がれる志がこれからのドライブを変える
生産効率を高め、需要変動に対応できる生産基盤として「モノづくり革新」を実現した防府工場を紹介したが、最新技術を詰め込んでいるからといって、マツダは“人”を忘れない。ドライバーを考え、造り手が細かな調整を重ね、それを最新技術で実現させる。人が技術を繋ぎ、知識を繋ぎ、価値を繋いできたからこそ、マツダは柔軟に対応できる基盤があり、人を想ったクルマ造りを追求できるのだろう。現場の声を受け止め、改善を止めない工場に、“人”を感じるのは当然のことだ。
防府工場を見学できたことで、マツダで受け継がれてきた志に触れることができた。それは、筆者の愛車、ユーノス・ロードスターにも繋がっている。これからのドライブが一味変わりそうだ。
















