60km/hから30km/hへ。いよいよ施行される生活道路の速度引き下げ
2026年9月1日から、日本の道路の「常識」がひとつ変わる。改正道路交通法施行令の施行によって、生活道路における自動車の法定速度が、これまでの60km/hから30km/hへ引き下げられるのだ。対象は主に、住宅街などにある中央線や車両通行帯のない道路。もちろん、すべての一般道が30km/hになるわけではない。中央線や車両通行帯がある道路などは従来どおり法定速度60km/hで、速度標識などによる指定があれば、そちらが優先される。
【画像10枚】なぜドイツ人は速度制限を律儀に守るのか。30km/hへの引き下げで見えた日本の課題
僕は、この改正には基本的に賛成だ。というより、これまで生活道路の法定速度が60km/hだったことのほうに、むしろ違和感があった。子供が路地から飛び出してきそうな住宅街や、買い物客と自転車が入り乱れる商店街を、60km/hで走ろうとは普通は思わない。場所によっては30km/hですら、「ちょっと速いな」と感じることがある。
見通しの悪い路地は、いわば「向こう側に誰もいないことを祈りながら開ける扉」のようなものだ。速度標識を見るより先に、想像力が右足を緩める。ただ、今回の改正を知って、僕には別の疑問が浮かんだのである。
一般道は100km/h、集落は30km/h。ドイツ流の「メリハリ」とは
「危険な道路を30km/hにするのなら、安全な道路はもう少し速く走らせてもいいのではないか?」そこで思い出すのが、ドイツだ。僕はニュルブルクリンクへ通う関係で、ドイツの片田舎をクルマで走る機会が多くある。
ドイツでは、市街地外の一般道における乗用車の最高速度は原則100km/h。一方、市街地では原則50km/hとなる。さらに住宅地などでは30km/h規制も珍しくない。馬や牛がのんびり草を食む牧草地を横目に、100km/hで走っても問題はないばかりか、警官がいても咎められることはない。高速道路ではない。普通の田舎道の話だ。「本当に100km/hでいいの?」そう思いながら走るのだが、道路幅や見通し、周囲の環境まで含めると、意外なほど無理を感じないのだ。
ところが、その先に小さな集落が見えてくると、景色とともに速度も変わる。100km/hから50km/hへ。そして場所によっては30km/hへ。さっきまで100km/hで走っていたクルマが、住宅地へ入った途端、借りてきた猫のように大人しくなる。このメリハリが、実に気持ちいいのだ。
ドイツの速度規制には、「速いこと=悪」ではないという考え方が透けて見えるように思う。「クルマは走らせることに存在意義がある」――そんな考え方は、日本とは少し異なるのかもしれない。
安全に速度を出せる場所なら、効率よく移動する。一方で、人とクルマが交錯する場所では、きっちり速度を落とす。アクセルを踏ませる場所と、ブレーキを踏ませる場所が明快なのだ。
そして興味深いのは、ドイツのドライバーがその切り替えをかなり律儀に行うことだ。理由は案外、単純なのかもしれない。「規制に納得できる」からだ。見渡す限り牧草地しかない道路なら100km/h。住宅の玄関が道路に面し、子供や自転車が飛び出してきそうなら30km/h。道路を見れば、「なるほど、ここはこの速度だよね」と理解できる。
牧草地帯も生活道路も同じ60km/h。日本の一律規制が抱える矛盾
そこで日本に目を戻してみる。たとえば北海道には、人影も家屋もほとんどなく、地平線へ向かって一本の道路が消えていくような丘陵地帯がある。キタキツネのほうが人間より多いんじゃないかと思うような道だ。往来のほとんどない牧草地帯ですら、速度指定がなければ一般道の法定最高速度は60km/hである。
その一方で、子供が道路にチョークで絵を描き、ケンケンパでもしていそうな生活道路も、これまでは標識などによる指定がなければ、同じ60km/hだった。同じ「60」という物差しを当てるには、あまりにも景色が違いすぎる。矛盾しているのだ。だからこそ、今回の生活道路30km/h化は理にかなっていると思う。
日本にもようやく「メリハリ」が? 30km/h化に寄せる期待
ただ、ここまで道路の実態に合わせるのであれば、ぜひもう一方にも踏み込んでほしい。ドイツのように、実情に合わせた速度規制であるべきだと考えるのだ。危険な場所では、しっかり遅く。そして道路構造や交通環境から安全性が確保できる場所なら、必要以上に速度を縛らない。
日本でも高速道路の一部には最高速度120km/hの区間が生まれた。そして今度は、生活道路が30km/hになる。日本の速度規制にも、ようやく「メリハリ」という考え方が入り始めた、と見ることもできそうだ。ドイツの田舎道を100km/hで走り、集落へ入った途端に速度を落とすたびに、僕は思う。
今回の生活道路30km/h化が、日本の速度規制をもっと実態に即したものへ変えていく第一歩になるのであれば、大いに歓迎したい。
【画像10枚】なぜドイツ人は速度制限を律儀に守るのか。30km/hへの引き下げで見えた日本の課題