当時は1年間で10万キロにおよぶ走行テストを実施
いまや、電気自動車(EV)にも強いメーカーというイメージを固めつつあるメルセデス・ベンツ。コアモデル群にハイブリッドやプラグインHVのラインアップを増やす一方、サブブランドの「EQ」を立ち上げ、2019年7月には第一弾となる「EQC」を日本で発表している。そんなメルセデスのEVは、かなり古くから研究が行われていてCクラスの先代にあたる名車「190」の時代にも、市販化に向けた本格的なプロジェクトが進められていた。じつに30年前のことである。
190のEVが披露されたのは、1990年のハノーバー・フェア。EVのキモとなるバッテリーのテストを行うえで、190は全長と車重の関係から理想的なクルマだったそうだ。こうして作られた190EVのプロトタイプは、“動く実験台”としてリアルワールドであらゆる部品の適合性が試されることとなった。具体的には振動、加速性能、温度の上昇具合などが日常ユースにおいて検証された。
現代のリチウムイオン電池のような模範的な解答がまだ存在しないこの時代、さまざまな蓄電方法が試された。開発者の関心は、それ以前の鉛電池に比べてエネルギー密度が高い、塩化ナトリウムニッケル電池やナトリウムイオン電池に向いていたという。しかしながら、これらの電池は走行中に温度が300度くらいまで上昇してしまうことがネックとなった。
それから1年後の1991年3月、ジュネーブ・モーターショーでは、進化版の190のEVを出展した。そのEVは、居住スペースがほとんど犠牲になっておらず、5名がしっかり乗車でき、しかもメルセデスの厳しい安全基準をクリアしていた。注目のEVシステムは、塩化ナトリウムニッケル電池を搭載し、モーターは後輪にそれぞれ16kW(22hp)のDCモーターを搭載し、計32kW(44hp)を発生した。また、回生ブレーキ機能も備えていた。さらに注目すべきは、車重が軽く仕上げられていたことで、内燃エンジンモデルに比べ重量増加分は200kg程度に収まっていた。バッテリーの技術が今ほど進化していない当時としては、これは革新的といえただろう。
こうして190のEVの研究開発や走行テストは規模を拡大しながらさまざまな環境下で繰り広げられ、なかには年間走行距離が10万キロに達した車両もあったという。
では、なぜ190のEVは市販化に至らなかったのか。当時の資料によると、バッテリーの交換サイクル、航続距離、リサイクルの問題、充電インフラ、そして車両コストが問題となり、市販化にGOサインが出なかったとのこと。しかしその後も研究は続けられ、こうした問題がようやくクリアになったのが、まさに現在なのだという。
190のEVは結果的には実用化には至らなかったが、メルセデスによると1990年代に蓄積した研究の結果は、現代のEV開発にしっかり生かされているという。