















2025年1月、パリセーズ火災の悲劇から立ち上がった「希望のシンボル」
フォルクスワーゲン・オブ・アメリカは2025年11月20日、同年1月に南カリフォルニアを襲った大規模な山火事「パリセーズ・ファイア」を奇跡的に生き延びた1977年製「タイプ2」のレストアを完了し、2025年ロサンゼルス・オートショーにて初公開した。日本では「ワーゲンバス」の愛称で親しまれ、今年国内でも発売が開始されたフル電動ミニバン「ID. Buzz」の源流でもあるこのモデル。すべてを焼き尽くす炎の中に佇む姿が世界中に希望を与えた一台が、メーカー自身の手厚いサポートによって再び公道へと蘇ったのである。
【画像16枚】瓦礫の中に佇む姿から、蘇った奇跡のツートーンカラーまで。炎を生き抜いた「魔法のバス」の全貌を見る
瓦礫の街で発見された「魔法のバス」
事の発端は2025年1月、南カリフォルニアのマリブ地域を壊滅的な山火事が襲ったことにある。住宅や車両が次々と炎に飲み込まれ、灰燼に帰していく中、AP通信が撮影した一枚の写真が世界中の注目を集めた。そこには、荒廃した風景の中で、あたかも無傷であるかのように鎮座する一台のフォルクスワーゲン・タイプ2の姿があったのだ。
この1977年製マイクロバスは、その奇跡的な生存劇から、今年一年を通じて多くの人々から「魔法のバス(magic bus)」と呼ばれ、「レジリエンス(立ち直る力)」の象徴として語られるようになった。オーナーのミーガン・ワインローブさんによって「アズール(Azul)」と名付けられた青と白のツートーンカラーの車体は、災害からの復興を願う人々の心の拠り所となっていたのである。
フォルクスワーゲン・オブ・アメリカはこの反響を受け、VW愛好家コミュニティの協力を得てオーナーのワインローブさんと接触。車両の安全性と状態を確認するため、立ち入り許可を得た上でアズールを回収し、同社のオックスナード施設へと輸送した。ここは同社の歴史的車両コレクションの拠点でもあり、アズールの詳細な評価を行うには理想的な環境であった。
半世紀を超えて愛される「ワーゲンバス」のレガシー
今回修復された車両は、フォルクスワーゲンの「タイプ2/トランスポルター」の第2世代にあたるモデルだ。初代「T1」がフロントウィンドウが2枚に分かれた「スプリットウィンドウ」であったのに対し、1967年に登場したこの第2世代は、1枚ガラスの「ベイウィンドウ」を採用したことで知られる。
アメリカではまさに「ベイウィンドウ」の愛称で親しまれ、先代T1とともに1960年代から1970年代にかけてのフラワームーブメントや、若者による自由な文化を象徴するアイコンとして絶大な支持を集めた。ドイツ本国での生産は1979年に終了したが、ブラジルでは「コンビ」の名で2013年まで生産が続けられるなど、半世紀以上にわたり世界中で愛され続けてきた名車である。
そして現在、そのコンセプトと精神は、フォルクスワーゲンの新たな電動化戦略を象徴する「ID. Buzz」へと受け継がれている。今回のアズールの修復プロジェクトは、単なる旧車のレストアにとどまらず、過去のレガシーを現代、そして未来へと繋ぐ重要な文化的意義を帯びていたと言えるだろう。
物語を消さず、命を吹き込む。ポルシェ専門職人も加わった修復チームの執念
オックスナード施設での詳細な検査の結果、奇跡的に外形を留めていたアズールであっても、再び路上を走るためには大幅な機械的修理とボディワークが必要であることが判明した。
プロジェクトは今年初頭から開始された。オックスナードの車両チームは、アズールの内外装のあらゆるコンポーネントを検査し、修理または交換を実施した。その際、単に新品同様にするのではなく、1970年代後半のT2への敬意を表した仕上げが施されている。さらに、ボディワークに関しては、クラシック・ポルシェの修復で名高い「GE Kundensport」のチームが主導し、エンジンの再調整や部品の粉体塗装については専門のパートナー企業が支援を行った。
フォルクスワーゲン・グループ・オブ・アメリカの車両技術者であるグンナー・ワイナルスキ氏は、このプロジェクトについて、火災によって車両の物語を消し去るのではなく、修復によって蘇らせることが目標だったと語る。「最も重要だったのは、車両の『魂(ソウル)』をそのまま残すことでした」という言葉からは、技術的な課題を超えた、作り手の情熱が伝わってくる。
また、VWブランド北米地域の幹部であるレイチェル・ザルゼック氏も、アズールがオーナーにとって家族の一部であることを強調し、この修復が「フォルクスワーゲン・ファミリー」としての絆を深めるシンボルになったと述べている。
LAショーで公開、ピーターセン博物館での展示も決定
美しく蘇ったアズールと対面したオーナーのワインローブさんは、「アズールの写真が拡散されたとき、世界中が私の心の一部を共有してくれたように感じました」と振り返る。そして、修復された愛車を前に「以前にも増して希望のシンボルであると感じる」と喜びを語った。
この感動的なプロジェクトを記念し、フォルクスワーゲンは「Candylab TM」とコラボレーションを実施。アズールの特徴的な白と青のカラーリングを再現した限定版の木製コレクティブルを製作し、ロサンゼルス・オートショーの会場で提供する。
さらに、フォルクスワーゲンは地域社会への支援も継続している。10月には、カリフォルニア消防財団(California Fire Foundation)への追加寄付を約束し、第一応答者とその家族を支援する姿勢を鮮明にした。
アズールは、11月30日までロサンゼルス・オートショーのフォルクスワーゲンブースで展示された後、12月4日から2026年1月11日まではロサンゼルスのピーターセン自動車博物館で一般公開される予定だ。数奇な運命を辿り、多くの人々の想いを乗せて復活した「魔法のバス」。その姿は、ID. Buzzという新たな形と共に、これからも自由と希望のアイコンとして走り続けることだろう。
【ル・ボラン編集部より】
瓦礫の中で佇むアズールの姿に、多くの人が心を揺さぶられたのは、そこに自動車という工業製品を超えた「生命力」のようなものが宿っていたからに他ならない。VWが今回のレストアで、あえて新車同然の復元ではなく、生きた証としての「魂」を残す流儀を選んだことは、同社のヘリテージに対する深い敬意と成熟を示している。最新の電動ミニバン「ID. Buzz」が、単なる移動手段ではなく「笑顔を運ぶアイコン」として日本でも好意的に受け入れられているのは、こうしたT2の系譜が脈々と息づいているからだろう。
【画像16枚】瓦礫の中に佇む姿から、蘇った奇跡のツートーンカラーまで。炎を生き抜いた「魔法のバス」の全貌を見る



