あらゆる常識が変わったパラダイムシフト
いま思えば、1995年って特別な年だった。平坦に流れる1年ではなく、いま僕たちが生きているこの現代までつながる、パラダイムシフトの年だったとも思う。
世間一般に知られる1995年は、どんな年だったのか。1月には阪神・淡路大震災が、3月にはオウム真理教による地下鉄サリン事件が起きた。僕たちが生きているなかでの当たりまえな平穏が、案外、脆いものだと気づかされた。
【画像16枚】小さなガレージから世界へ。KWとスタディ、30年の躍進を物語る「1995年の原点」と「今」を見る
悲観的な出来事を並べたいわけではない。1995年8月25日、Windows 95の英語版が、同年11月23日に日本語版も発売された。それまで、専門性が高く、仕事で使うひとか、もしくは好きものが持っているパーソナルコンピューター(PC)を、「誰もが持っていて、手軽に使いこなす存在」へと押し上げる大きな転機となった。
Windows 95のような革命が、同じ1995年に、自動車業界でも発生していたことをあらためて認識した。僕にとって身近なブランドが、ここ最近で軒並み30周年を迎えたことが、その源泉となった年に焦点を当てるきっかけとなった。
カーカルチャーを牽引したサードパーティたち
まずはBMW専門店の「Studie(スタディ)」だ。会社の設立は1995年7月28日で、元祖・横浜店は10月1日にオープンしている。横浜の街はずれで、クルマを2、3台入れるのがやっと、という小さなガレージから始まったスタディは、創業者にして現会長を務める鈴木“BOB”康昭さんの、BMWにかける情熱がファンを引っ張って、この30年で急成長を遂げた。
いまでは全国8店舗(技術提携店含む)にまで拡大した。BMW公認のレーシングチーム「BMW Mチーム・スタディ」も携えてレース活動にも積極的だ。日本の改造屋は、BMWのカスタムやチューニングを一般化し、世界的に認められるようになったメイド・イン・ジャパンのBMWサードパーティへ。彼らは本家BMWをも認めさせたのである。
そして同じ1995年に、海を越えたヨーロッパではKWサスペンションが生まれている。最初は3人で始めた小さなサスペンション工房で、たった4車種、9種類のサスペンションを持つに過ぎなかった。いまでは世界で14もの拠点を置き、関連会社を含めて1000人以上が働く「KWオートモーティブグループ」となった。そこから生まれるのは2500車種以上を網羅する約3万種類のサスペンションだ。KW、STだけではなく、apスポーツ、ベルテック、ライガー、BBSジャーマニーなどグループブランドも多種多様である。
スタディは、ここ日本でBMWをもって、欧州車のカスタム、チューニングを一般化させた功労者だといえる。KWはそんなカーカルチャーのキーデバイスである車高調を人びとに定着させた。彼らの躍進は、PCを一般化させたWindows 95と、ものの見事に一致するように思えてならない。
ちなみに日本初のKWサスペンションユーザーは、先に述べたスタディ鈴木“BOB”康昭さんだったというのも興味深い。先駆者たちは、必然的に互いが惹かれ合うのだろうか。
KWの創業者のひとりにして、30年間ずっとオーナーとして最前線で会社を牽引してきたKlaus Wohlfarth(クラウス・ヴォールファルト)さんは、東京オートサロン2026に来ていて、こんなことを話していた。
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