LE VOLANT モデルカー俱楽部

Bボディーより丁度良いのはBボディーだけ!プリマスいっぱい モデル名いっぱい【アメリカンカープラモ・クロニクル】第59回

1968年型プリマスGTX
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「プリマス・ロードランナー」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「プリマス・ロードランナー」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「プリマス・ロードランナー」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「THE BOSSプリマスGTX」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「THE BOSSプリマスGTX」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「THE BOSSプリマスGTX」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「プリマス・ロードランナー」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「プリマスGTX」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「プリマス・ロードランナー」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「プリマス・ロードランナー」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「プリマス・ロードランナー」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「プリマス・ロードランナー」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「プリマス・ロードランナー」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「プリマス・ロードランナー」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「プリマス・ロードランナー」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「プリマス・ロードランナー」
1968年型プリマス・ロードランナー
レベル製1/25スケール・プラモデル「’67プリマスGTXヘミ」
レベル製1/25スケール・プラモデル「’67プリマスGTXヘミ」
レベル製1/25スケール・プラモデル「’67プリマスGTXヘミ」
レベル製1/25スケール・プラモデル「’67プリマスGTXヘミ」
レベル製1/25スケール・プラモデル「’67プリマスGTXヘミ」
レベル製1/25スケール・プラモデル「’67プリマスGTXヘミ」
ロードランナーのデカール
1960年代プリマスの広告用シンボルマーク
1970年型プリマス・ダスター340
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「ソックス&マーティン スーパーバード」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「ソックス&マーティン スーパーバード」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「ソックス&マーティン スーパーバード」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「ソックス&マーティン スーパーバード」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「スーパーバード・バイ・プリマス」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「スーパーバード・バイ・プリマス」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「スーパーバード・バイ・プリマス」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「スーパーバード・バイ・プリマス」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「スーパーバード・バイ・プリマス」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「スーパーバード・バイ・プリマス」
ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「スーパーバード・バイ・プリマス」
1968年型プリマス・サテライト
メビウスモデルズ製1/25スケール・プラモデル「1965プリマス・サテライト」
メビウスモデルズ製1/25スケール・プラモデル「1965プリマス・サテライト」
メビウスモデルズ製1/25スケール・プラモデル「1965プリマス・サテライト」
メビウスモデルズ製1/25スケール・プラモデル「1965プリマス・サテライト」
メビウスモデルズ製1/25スケール・プラモデル「1965プリマス・サテライト」
1965年型プリマス・ベルヴェディア
リンドバーグ製1/25スケール・プラモデル「1964プリマス・ベルヴェディア」
リンドバーグ製1/25スケール・プラモデル「1964プリマス・ベルヴェディア」
リンドバーグ製1/25スケール・プラモデル「1964プリマス・ベルヴェディア」
リンドバーグ製1/25スケール・プラモデル「1964プリマス・ベルヴェディア」
リンドバーグ製1/25スケール・プラモデル「1964プリマス・ベルヴェディア」
リンドバーグ製1/25スケール・プラモデル「'64ダッジ330」
リンドバーグ製1/25スケール・プラモデル「'64ダッジ330」
リンドバーグ製1/25スケール・プラモデル「1964プリマス・ベルヴェディア」(モデルキング版)
1964年型プリマス・サヴォイ
1964年型プリマス・サヴォイ
1964年型プリマス・サヴォイ
1968年型プリマス・フューリーⅢ
1967年型プリマス・フューリー
1964年型プリマス・バラクーダ
1964年型プリマス・バラクーダ
amt製1/25スケール・プラモデル「’65プリマス・バラクーダ」
amt製1/25スケール・プラモデル「’65プリマス・バラクーダ」
amt製1/25スケール・プラモデル「’65プリマス・バラクーダ」
amt製1/25スケール・プラモデル「’65プリマス・バラクーダ」
amt製1/25スケール・プラモデル「’65プリマス・バラクーダ」
amt製1/25スケール・プラモデル「’65プリマス・バラクーダ」
MPC製1/25スケール・プラモデル「ザ・ニュー・ハースト ヘミ・アンダー・グラス」
MPC製1/25スケール・プラモデル「ザ・ニュー・ハースト ヘミ・アンダー・グラス」
MPC製1/25スケール・プラモデル「ザ・ニュー・ハースト ヘミ・アンダー・グラス」
MPC製1/25スケール・プラモデル「ザ・ニュー・ハースト ヘミ・アンダー・グラス」
MPC製1/25スケール・プラモデル「ザ・ニュー・ハースト ヘミ・アンダー・グラス」
MPC製1/25スケール・プラモデル「ザ・ニュー・ハースト ヘミ・アンダー・グラス」
1971年型プリマス・クーダ
1971年型プリマス・クーダ
1971年型プリマス・クーダ
1971年型プリマス・クーダ
1970年型プリマス・クーダ
1970年型プリマス・クーダ
MPC製1/25スケール・プラモデル「’71バラクーダ」
MPC製1/25スケール・プラモデル「’71バラクーダ」
MPC製1/25スケール・プラモデル「’71バラクーダ」
MPC製1/25スケール・プラモデル「’71バラクーダ」
MPC製1/25スケール・プラモデル「’71バラクーダ」
MPC製1/25スケール・プラモデル「1967ダッジ・チャージャー」
MPC製1/25スケール・プラモデル「1967ダッジ・チャージャー」
MPC製1/25スケール・プラモデル「1967ダッジ・チャージャー」
MPC製1/25スケール・プラモデル「1967ダッジ・チャージャー」
MPC製1/25スケール・プラモデル「1967ダッジ・チャージャー」
MPC製1/25スケール・プラモデル「1967ダッジ・チャージャー」
レベル製1/25スケール・プラモデル「’67ダッジ・チャージャー426ヘミ」
レベル製1/25スケール・プラモデル「’67ダッジ・チャージャー426ヘミ」
レベル製1/25スケール・プラモデル「’67ダッジ・チャージャー426ヘミ」
レベル製1/25スケール・プラモデル「’67ダッジ・チャージャー426ヘミ」
1968年型プリマスGTX

Roundup:9 ロードランナー・ショー

BEEP, BEEP!
たったこれだけで、今回のアメリカンカープラモ・クロニクルが何について語ろうとしているか、少なからぬ読者が察することだろう。いや、理解したつもりになるはずだ、というべきだろうか。

【画像93枚】プリマス、Bボディー、そしてその周辺もまじえて1960年代のワイドレンジを確認する

スーパーカーになり損ねたGTX

1968年のプリマス中型車カタログには大胆にも、ルーニー・テューンズでおなじみワイリー・コヨーテの困惑した表情を大きく掲載したページがあった。この年デビューを飾るプリマス・ロードランナーについて、いきなり問答無用のイメージを決定づける大胆な手法だった。いつも腹ペコのワイリー・コヨーテは、ロードランナーの飽くなき追尾劇に一度も勝利したことがなかった

プリマスの1968年は「インターミディエイト5」と総称される中型車モデルが大きく充実した年だった。デトロイトの古い作法に倣い、「高級な」順にこれらを整理すると、GTXを筆頭に、スポーツサテライト、サテライト、ベルヴェディア、そしてロードランナーとなるが、あからさまにロードランナーだけが特殊枠化されていた。

人気アニメの印象を借りてきたというだけの話ではない。豪華さにつながる装備を削りに削って、速さ「だけ」を買わせることにしたロードランナーは、GTXからの引き算によって成立する車——のはずだった。

デビュー時(正確には1967年秋)の1968年型ロードランナーにはさまざまな制限が課せられていた。ボディースタイルは2ドアのポストクーペ(コードRM21)のみ、エンジンは専用チューンのV8(公称335馬力の4バレル383立方インチ)のみ。4ドアセダンはもとより、コンバーチブルもワゴンもなく、スラント6搭載モデルもない。いわばこうした制限はすべて、ロードランナーを中型車のトップグレード・GTXの影法師とするための「配慮」——のはずだった。

しかしながら、ロードランナーはむしろ「先行したGTXの反省」を踏まえた、旗を持たないプリマスの新フラグシップと読むべき存在になってしまった。簡素かつ廉価な中型ボディーに、クライスラーの技術的コアである強力なV8を搭載するコンフィギュレーションは、クライスラーの大衆車部門であるプリマスの社是にきわめて忠実であり、ブランドイメージとは不相応に豪華だったGTXをむしろ例外化させてしまう強い副作用を持っていた。「安いのに速い」というわかりやすさは、つねに後塵を浴びる定めのワイリー・コヨーテが添えられることによっていっそう明快になった。

これはまるで星座の話である。オリオン座を語る言葉が、絶対等級マイナス5.7のベテルギウスに偏るように、プリマスの中型車はことごとくロードランナーに話題が集中する。マッスルカー伝説に親しむ特定の層にいたっては年式ごとの差異や経緯を端折って「プリマスといえばロードランナー」くらいの物言いが当たり前のように流通するほどである。

1960年代後半のプリマスBボディーがオリオン座であるとして、GTXはリゲルだろうか。スポーツを含むサテライトやベルヴェディアは三つ星なのだろうか——フェアな観測のために必要な光が、あまりにもベテルギウスに偏ってはいないか。

レベル製1/25スケール・プラモデル「’67プリマスGTXヘミ」

レベルの’67 GTX、すなわちベルヴェディアGTX(品番7359)は、先行して1/24スケールで登場したモノグラム’70 GTXの「選球」を踏まえてあらわれた、現状では最新といっていいキットである。AMTアーテルの’69 GTX・コンバーチブル(1990年)に呼応するように立ち上げられた企画と見てよい。たいへん精密なキットである。

GTX誕生の経緯は、多分に外因的である。

それが何の頭字語であるかをプリマスがまったく説明しようとしないGTXは、既存の内製中型車ベルヴェディアに付け足された「バッジ」であった。ポンティアックがGTOによってひと山当てることでスーパーカーブーム(マッスルカーブーム)が沸き起こったとき、プリマスにもダッジにもGTOに相当する適切なバッジは存在しなかった。

クライスラーの「スーパーカーを作る」新しい戦略の下、傘下の両部門に用意させたもの——ダッジの「R/T」とプリマスの「GTX」は対をなすバッジであった。ワゴンにも(その気になれば)搭載可能であるなど、1966年にややばら撒き気味に展開がはじまったストリートヘミV8は、1967年以降、このふたつのバッジを目安としたスーパーカーに適用が絞り込まれることとなった。

サテライトはGTXのバッジが用意される前夜、中型車ベルヴェディアの最高級グレードを示すサブネームとしていったん「擁立」されたあと、いわば1967年に「退位」した名だった。スーパーカーとして生まれたわけではなかったサテライトは、スーパーカーとして生まれたGTXにしかるべき最高位を明け渡し翌1968年にはスポーツと無印に分かれてプリマスの中堅グレードを固めた。

ぴかぴかのバッジであるGTX、磨き続けられたサブネームであるサテライト、このふたつを差し引くと、そこには中型プリマスの基本形であるベルヴェディアがあらわれる。この古い名がデビューした1951年には、当時流行のハードトップと同義語であったベルヴェディア——眺めのいい場所を意味するイタリア語(ベルヴェデーレ)の目新しさは時の経過ともに薄れ、ベルヴェディアとはプリマス・ベルヴェディアのことである、というトートロジーに近い響きになっていた。

GTX、スポーツサテライト/サテライト、ベルヴェディアが織りなす配置は、すなわち位階・序列であった。総じてプリマス=大衆車といえども、そこには厳然とクラスがある。これをアメリカ英語はよく「予算と目的に応じて」(From purse to purpose)と表現するが、ひとつの自動車ブランドにおいてこのレンジは顧客から必ず求められる「選択肢の幅」なのである。

ロードランナーはここをかなり無遠慮に、騒々しく突っ切ってゆく。BEEP, BEEP!

プリマスブランドの持つ大衆性、クライスラー門下であればこそ持ち出せる強力な武器の三つ揃い(426を代表とするヘミV8エンジン、727を代表とするトルクフライト・オートマチックトランスミッション、そしてA-833を代表とするニュープロセス4速マニュアルトランスミッション)を組み合わせれば、そこにはあまりにもわかりやすい、読解コストをほとんど必要としないプリマスが姿をあらわす。

翻って、何の頭字語かわからないGTX、かつて中型車のトップグレードだったはずのサテライト、大昔は単にハードトップのことだったはずのベルヴェディアは、ロードランナーのあっけらかんとした明快さの前に、高い読解コストを要求する「読みにくい」モデルとなり果てる。ロードランナーをオリオン座の明るいベテルギウスになぞらえるのはおそらく適切ではない。むしろロードランナーは横紙破りの運動体そのもの——緊張を孕みつつもその静的配置に意味がある星座というものを平然と横断する彗星である。

アニュアルキットになり損ねた1968年型ロードランナー

プリマス・ロードランナーのプラモデルがアニュアルキットとしてあらわれたのは1969年式から——ジョーハンからの発売は1968年暮れのことだった(品番C-1669)。箱絵にはプリマスのカタログで印象づけられたワイリー・コヨーテの困り顔ではなく、得意顔のロードランナー(鳥)が新しいロードランナー(車)のお披露目をする姿が大々的に、カートゥーンタッチそのままに描かれた。ジョーハンにはワーナー・ブラザースのイラスト使用権を含むプリマスの包括ライセンスと、詳細な一次資料が引き渡されていた。

ジョーハン製1/25スケール・プラモデル「プリマス・ロードランナー」

「無駄なお飾り、そしておまけは一切なし」——そう広告されたプリマス・ロードランナーの初キット化はモデルイヤー2年目の1969年からだ(品番C-1669)。5万ドルともいわれるスカウトマネーでプリマスは「鳥」をキャスティングし、広告代理店ヤング&ルビカムのジム・ラムゼイとジョー・シュルテらによってインパクトある(そして説明不要の)カートゥーン・イラストレーションに仕立てられ、車のイメージを決定づけた。

ジョーハンの1969年型ロードランナーは、Bピラーのないハードトップ・スタイリングを当然のようにまとっていた——1968年型のデビュー当初はポストクーペのみの展開だったロードランナーにハードトップが急遽加えられたのは1967年12月、すなわちシーズン途中のことだったが、これはプリマスが当初打ち出したGTXとの差別化が、早くもうやむやになりはじめた兆しだった。

本来ならGTX・スポーツサテライト/サテライトまでの高級レンジが記号として占有するはずだったハードトップがロードランナーに突然追加されたことで、ジョーハンにはひとつの金型からGTXとロードランナー、ふたつの製品を一挙に展開する道がひらかれた。

ジョーハンの1969年型GTXはロードランナーとほぼ同時に発売された(品番C-2069)。GTXとしては初のキット化でありつつ、その晴れがましさにはいささかの翳りがあった。箱絵は当時プリマスの広告に大きく採用されはじめていたヤング&ルビカム社によるサイケデリックなデフォルメ・イラストレーションを流用しており、キット化の主導権がGTX側にないことを暗に物語るものだった。

このときすでに、GTXとロードランナーをめぐる同門のイメージ争いには決着がついていた。少なくともプラモデルの視点からは、ロードランナー・ハードトップあってのGTX——あまりに明るいロードランナー彗星の尾が、恒星GTXの輝きを観測者の眼から覆い隠していたのである。

その後、経営不振からアニュアルキットの新規開発がおぼつかなくなりつつあったジョーハンは、ロードランナー由来の派生キットをくり返しひねり出した。箱絵に「鳥」の姿を残したまま年式を伏せたアップデート再生産(品番C-1470)が一度おこなわれたあと、キットはオーバルトラックレーサーへの仕様替えがおこなわれて「鳥」の絵が消え、1970年のうちにさらなる追加改修——異形プリマス・スーパーバードへの変更が加えられ、こちらの箱絵に「鳥」がふたたび姿をあらわした。

けっして望ましいとはいえない反復であっても、その結果アメリカンカープラモ市場に生み出された欠如と渇望、そして静かな待望論は、ロードランナー神話ばかりをひたすら強化した。工夫次第で基本的にひとつの金型から打ち分けられるGTXとロードランナーであっても、ジョーハンからのGTX名義の派生は年式を伏せた「THE BOSS」と銘打ったアップデートが1970年に一度出るにとどまったが、かたやロードランナーは都合5回に及ぶ模様替えがおこなわれた。

獲物にありつき損ねたワイリー・コヨーテ

やがて市場からジョーハンが退場し、アニュアルキット制度そのものが崩壊してしまうと、より自由になったアメリカンカープラモ市場は1982年にこのテーマをふたたび掘り起こした。1/25スケール・アニュアルキットが一度は取り上げたテーマを1/24スケールで再演しようと企てるモノグラムがその嚆矢となり、’70 GTXは市場に送り出されたが、モノグラムはこのとき状況と「選球」を見誤った。「まずGTXからはじめて市場の反応を見たい」——

プリマスがかつて味わった1970年の肩透かしをモノグラムは小さく、1/24サイズで再演した。パフォーマンスとラグジュアリーの両立をもっとも高度に達成したはずのモデルが市場で思ったより振るわないという蹉跌。1/25スケールでないことはもとより、失われたジョーハンの代わりにならない’70、それもGTX。様子を見ようにもフレーミングが誤っていた。

初手がロードランナーであったなら状況はまた違っていたかもしれないが、モノグラム’70 GTXは同年式のマスタングBOSSキットに及ばないワンオブゼムとして、以降ストリートマシーンへの模様替えといった焼き直しに終始し、ロードランナーへの派生は20世紀最後の年を待たなければならなかった(レベル品番85-2980)。

1968年型プリマス・ロードランナー

ここであらためて’68ロードランナーの実車写真を見てみよう。1967年12月に追加されたハードトップ(コードRM23)である。親切なナンバープレートによれば、エンジンはオプションの426ヘミ——当時からのオリジナル・インストールだとすれば、オーナーは差額714ドル30を気前よく支払った快傑である。背景が雑然としてオフショット的だが、そこがかえってロードランナーに似合っている。

前車の覆るを後車の戒めとして、1989年、アメリカンカープラモ再評価の機運著しいなか、今度はAMTアーテルがロードランナーの新規開発に手を出した。初弾は1968年式ロードランナー(品番6515)、かつてプリマスがおこなった展開を「きちんと」事後的に評価して打ち出された手堅いアプローチだった。続く1990年には、細かく差異を拾った1969年式のGTXも登場した(品番6428)。

問題は——いや、なにひとつ問題ではないのだが、このとき登場したGTXはコンバーチブルだった。このことに違和感を覚える者はそう多くはないだろうが、しかし市場はこのGTX・コンバーチブルに対し、まるでそう躾けられたかのような対応を示した。かなりの数に上るビルダーが、これをロードランナー・コンバーチブルへと改造しはじめたのだ。

ロードランナー・コンバーチブル(コードRM27)は、1969年式になって初めてプリマスがロードランナーに許したボディースタイルだった。いわばロードランナー神話を完成させるためのピースであり、かつて苦境ジョーハンがキット化を果たせなかった重要な欠落だった。もはやこのキットは、GTX・コンバーチブルを名乗りながら、ロードランナーへの改造をさも当然視させるかのような「素材」として、ベテランビルダーの心理を巧妙にくすぐった。

AMTアーテルは翌1991年には1969年式GTX・ハードトップをプロストリート仕様で送り出し、そこからさらに一拍置いた1993年にファクトリーストック・ハードトップの発売に到っているが、AMTアーテルの金型資産がすべてラウンド2の下に移管した現在においてもなお、1969年式ロードランナーのキットは登場していない。

製品がロードランナーを名乗る以上、「鳥」は欠席できない。欠席すれば、製品は成立してもロードランナーは成立しない。車のロードランナーに課されたオプション(たとえば426ヘミへの換装)がGTXのそれより高くついた現実を模倣するように、模型のロードランナーに最高のパフォーマンスをさせるにもじつは金がかかる。そしてロードランナーがふたたび場にあらわれれば、GTXはまた彗星の尾に隠れてしまうかもしれない——

ロードランナーはその不在によってつねに渇望を引き起こし、場にGTXあらばそれを改造する欲望すらも焚き付けて現在に到っている。

腹を空かせたワイリー・コヨーテとは、まさにわれわれのことなのだ。

 

※今回、リンドバーグ製1/25「1964プリマス・ベルヴェディア」、同モデルキング版、amt製1/25「‘65プリマス・バラクーダ」、MPC製1/25「ヘミ・アンダー・グラス」、同「’71バラクーダ」、同「1967ダッジ・チャージャー」、レベル製1/25「’67ダッジ・チャージャー426ヘミ」の画像は、アメリカ車模型専門店FLEETWOOD(Tel.0774-32-1953)のご協力をいただき撮影しました。

【画像93枚】プリマス、Bボディー、そしてその周辺もまじえて1960年代のワイドレンジを確認する

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写真:羽田 洋、秦 正史、畔蒜幸雄
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AUTHOR

1972年生まれ。日曜著述家。Bluesky SNSを中心に、stand.fmでラジオ形式のホビー番組「バントウスペース」をホスト中。造語「アメリカンカープラモ」の言い出しっぺにして、その探求がライフワーク。

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