コラム

乗っては眺めて、検証しつつ悦に入る。そしてモデルカーも…これぞ旧車の愉しみ【デューンバギー恍惚日記】第14回

マンクスに乗ることはいつでも冒険だ

「デューンバギー恍惚日記」第13回に引き続き、まずはタイヤの空気圧を調整する件。前回フロント、リア共に「1.35」まで低めてみた結果、ワインディング走行で粘るリアタイヤの仕事ぶりを体感できたり、見た目にもサイドウォールの膨らみが往時のデューンバギーやマッスルカーを彷彿とさせてくれるなど、良い経験とはなったが、流れの早い幹線道路では、リアタイヤが縦方向の「撓み(たわみ)」や「引き摺り感」、落ち着かない「弾み」をドライバーに伝えてきた。

筆者が所有する1969年式「メイヤーズ・マンクス」近影。2026年5月。

フロントについて言えば、以前よりステアリングが僅かだが重く、入力に対する反応も若干ではあるが鈍くなったように感じる。前後ともに停車時には充分にハイトもあり、このままでも安全性の問題はないと思うが、おそらくはもう少し空気圧を上げた方が、自分としては安全かつ快適に乗れるはずだ。もう少し微調整を続けることにしよう。

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タイヤ空気圧を微調整する

ガレージには足踏み式ポンプしかないので、取り敢えず前後「1.35」のまま、固定式空気注入機のあるガソリン・スタンドまで走る。給油後に注入機タワーの傍にバギーを寄せ、まずはエアゲージで現状を再確認。フロント、リア共に1.35だ。先月テストした折の感触から、フロント、リア共に最適解と予測した「1.5」まで上げてみることにする。

ガソリン・スタンドの固定式空気注入機で、タイヤ空気圧をフロント、リア共に1.35から「1.5」まで上げた。注入完了後にエアゲージで空気圧を再確認。

昔ながらのアナログ・ダイヤルを回して、空気注入機のメーターの針を1.5に合わせ、4本のタイヤに1本ずつ空気を注入していく。注入時に一定間隔でチーン!チーン!と音が鳴り、設定値になると鳴り止む懐かしいタイプである。注入完了後にエアゲージで再確認し、これで再びワインディング区間を含む穏やかなカントリーロードを目指して走り出す。

平坦なカントリーロードを走る

フロント、リア共にタイヤ空気圧を「1.5」に微調整したマンクスで、空いた平坦な田舎道を20kmほど走り、やがて山岳部の麓(ふもと)を少しずつ登っていく。早くもこの時点で、リアの「撓み(たわみ)」「引き摺り感」「落ち着きのない弾み」が是正された快適な体感を得た。

道中、前回と同じように脇道にそれて、しばし休憩。タイヤに安全上の問題がないかを視認。同時にサイドウォールの形状も観察。「1.35」時よりもハイトが僅かに高くなったようだが、見た目はわるくない。トレッドも満遍なく接地しているようで(あくまで主観だが)一安心。

カントリーロードを走り、ワインディングを上り始める前に小休止。新緑の季節にはバタースコッチ(黄土色)のボディがよく映え、ひとり悦に入ってしまう。

ワインディングを走る

小休止の後、標高1,000mぐらいまでのワインディングを含む区間を走る。片道1車線ゆえ、とりわけ安全な車間と速度を維持しながら、適切なギアとエンジンの回転を保ちながら、オープンの小さなマンクスで新緑を抜けていくのは楽しく、気持ちが高揚する。

ドライバーが素人なので、正確な言葉でお伝えできないのが情けないが、空気圧が前後「1.35」の時よりも、前後「1.5」に調整した今の状態の方が、軽快であると感じた。おそらく自分にとってのマンクスのタイヤ空気圧の最適解は、前後「1.5」ということなのであろうと結論づけた。

ワインディングを走った帰路、標高400mぐらいの地点で可愛らしい食堂を発見。新鮮な山菜がふんだんにのった温かい蕎麦をいただいた。

ガレージ帰館

いつもマンクスを走らせてガレージに帰ってくると、それなりの疲労を感じる。万が一何か起きたら、普通の自動車なら擦り傷で済むようなことでも、自分の体がほぼ剥き出しのマンクスではそうはいかない。基本的にそういう覚悟と自戒を元に、月並みだがよく言えば「ささやかな冒険」としてマンクスに乗る。ゆえに通常のクルマの運転時よりも数段神経を張り巡らしているゆえの疲労感であろう。これは明らかに愚行だと自分でもわかっている。しかしやめられない。

ポリグラスGTのトレッド、以前よりも満遍なく使われている(接地している)ように見える。自分の運転では、実際のところ確認のしようもないが。

Bruce Meyers(ブルース・メイヤーズ)御大は、とりわけ同氏の人生終盤に於いて、極めて穏やかで優しい人だったと伝え聞く。しかし、マンクスを生んだ彼は、元来「冒険」を愛し、人生の終盤に於いても、「挑戦や少しの危険がある方が好きだ」と語るなど、生涯を通じて冒険心と個人の活力を重んじる気持ちを持っていたようだ。

そしてここから先は、次回以降、改めて書こうと思うが、ブルース・メイヤーズと、我々の国=日本の間には、一言では語り尽くせないような凄まじい史実が過去にある。1945年5月11日、彼はアメリカ海軍の若き水兵として空母に乗船していた。そしてこの日の出来事は、その後の彼の人生を決定的に変えることになる。

デイブ・ディールとブルース・メイヤーズ

自分は実車同様に、模型や玩具のデューンバギーにも並々ならぬ想いを抱いており、とりわけ、1970年にアメリカのプラモデルキット・メーカー、Revell社が発売したディフォルメ・シリーズ“Deal’s Wheels(ディールス・ホイール)”のバギーやビートル関連は自分にとって特別な存在なのである。また同時に、この“Deal’s Wheels”の元となった箱絵(イラスト)、ストーリー設定、モデルの造形を手掛けたDave Deal(デイブ・ディール)というモーター系アーティストの大ファンでもある。

デイブ・ディールは様々なクルマを描いたが、中でもVWやデューンバギーが題材に多い。そして最近になって漸く知ったことだが、自身もバハでのレースに出場するほどの腕前を持つレーサーでもあったデイブは、同じカリフォルニアの住人であったことも手伝って、ブルース・メイヤーズと大変親密な友情を築いていたらしい。なんとそもそもマンクス・キャットが剣を掲げたメイヤーズ・マンクスの有名なロゴマークは、デイブ・ディールのデザインによるものなのだそうだ。

デイブ・ディールがデザインを手掛けた米国Revell社Deal’s WheelsのGlitter Bug(モチーフはマンクス)というプラモデル(1970年発売)を雛形に、Revellと提携していたイタリアPolistil社がアレンジを加えて発売したデューンバギーのリモコン玩具。

ちなみにこちらはよく知られた話だが、1990年代に復活したメイヤーズ・マンクスが発売したロングホイールベース+4シーターの“Manxter(マンクスター)”のデザインも、デイブが手がけたものである。

ブルース・メイヤーズの人生

今回少し触れたが、次回はブルース・メイヤーズの人生、そして日本との関わりについて少し書かせて頂きたいと思う。もちろんマンクスにも乗り、新たな発見や改善すべきポイントが見つかったらお知らせしたい。どうぞお楽しみに!

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山田剛久

AUTHOR

1962年、富山県生まれ。約20年の出版社勤務を経てフリーに。自動車、模型、モータースポーツ関連のニッチ記事専門ライター兼編集者として、ごく稀に重宝される。ホットロッド/カスタム、1930〜’70年代の内外モータースポーツ、古い自動車模型や玩具が専門分野。「多摩川スピードウェイの会」会員。

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