










家族旅行にSUVは不要だった?
1955年夏、あるフランス人一家が愛車のポルシェ356でパリからノルウェー最北端を目指す、約1万kmに及ぶロードトリップへ出発した。現代の感覚では無謀とも思える空冷スポーツカーでの過酷な家族旅行。70年の時を経て紐解かれるこの壮大な冒険譚は、ポルシェがいかにタフで優れたGTカーとして生を受けたかを現代に証明している。
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登場人物とその背景
物語の中心となるのは、フランス人のルイ・マラヴィエイユとその家族だ。1907年生まれのルイ・マラヴィエイユは熟練の建築家でありながら、ルノーでは自動制御のギアボックスの開発にも携わったというキャリアも持つ自動車愛好家であった。彼には1955年当時、ともにロードトリップへと出た3人の家族、すなわち妻のマドレーヌと2人の息子(13歳の長男フラン・ルー、11歳の次男パトリス)がいた。
83歳となった長男のフラン・ルー・マラヴィエイユは現在も健在で、ポルシェ911 カレラ 4Sを所有している。かつてのロードトリップについて生々しく証言してくれたのは、このフラン・ルーである。
約1万kmに及ぶ冒険
事の発端は1955年7月、父ルイが念願であった1953年式ポルシェ356 1500 Sクーペを購入したことである。同年夏、家族4人はパリを出発し、ベルギー、オランダ、デンマーク、スウェーデンを経由してノルウェーを北上するロードトリップを決行した。
当時において自動車で到達可能だったノルウェー最北の地であるホニングスヴォーグまで行き、帰路はフィンランドを経由してパリへ戻るという、約4週間、約1万kmに及ぶ旅であった。なお、現在自動車でノルウェー最北の地へ向かおうと思えば、さらにその先のノールカップまでたどり着くことができる。
未舗装路が多い当時のヨーロッパにおいて、スポーツカーでの極北への旅は無謀とも言える挑戦であった。しかし、一度の故障もなく走り切ったことで一家はすっかりポルシェの虜になり、父ルイは後に赤い356A 1600も購入している。
時を経て現在から2年前、語り手であるフラン・ルーはノルウェーを再訪し、当時の郷愁に駆られた。そして現在、フラン・ルーの子(つまりルイの孫)であるジャン・ミッシェルがインターネット上のフォーラムに投稿した1枚の写真がきっかけとなり、この忘れ去られていた旅の全貌が、「クリストフォーラス」で紹介されるに至ったのである。
旅の記憶と回想
フラン・ルーは当時を次のように振り返る。
「当時は今とは時代が違いました。家族で休暇を過ごすのにSUVは必要ありませんでした。荷物やテントのスペースを広げるために後部座席は取り外されており、パトリスと私はその上に座らなければなりませんでした。エンジンからの熱のおかげで私たちの小さなスペースはとても快適で、実際どれほど大変だったかは記憶にありません」
「それは家族にとって初めての大きな旅行でした。退屈することは一度もありませんでした。356はあの辺りでは珍しかったので、現地の人々と話すきっかけにもなりました」
道中は決して平坦ではなく、ガイランゲルフィヨルドの険しい峠道ではブレーキが過熱しないよう慎重に下る必要があった。また、帰路のフィンランドでは湖畔の風景や先住民サーミ人の文化に触れるなど、忘れられない経験となった。一部の写真では、ポルシェがジュニパーの小枝や、サーミ人のキャンプで手に入れたトナカイの角で飾られているのが確認できる。
「峠道を下るのはエキサイティングでした。とても急で、風も強かったです。熱くなったブレーキの匂いを今でも思い出します。私たち子供にとっては、屠殺されたばかりのトナカイの角にまだ血が付いていたので、少し怖かったです。その後すぐにエノンテキオで父が買ってくれたサーミのナイフは、今でもパリの私の机の上にあります」
ルイの孫ジャン・ミッシェル・マラヴィエイユは現在、祖父が乗っていた356の実車を探し求めているというが、手掛かりはまだ掴めていないようだ。フラン・ルーは前述の通り、2年前にノルウェーへと赴いた。その時もノールカップまでは行かなかったものの、フィヨルドの地域は彼の心に強い郷愁を呼び起こした。この壮大な旅を彼は次のような言葉で締めくくっている。
「なぜなら最高の思い出というのは、子供の頃に作られるものだからです」
【ル・ボラン編集部より】
スポーツカーで1万kmの家族旅行。現代の常識では無謀に映るが、ここにポルシェの神髄がある。RRレイアウトゆえの狭い後部座席が、エンジンの熱で子供たちを温める特等席へと変わる。不便ささえも豊かな記憶へと昇華させるのは、356が単なる速さを求めた機械ではなく、長距離を平然と駆け抜ける強靭なGTカーとして設計されていた証左だ。最新の911に通じる「日常のスポーツカー」という哲学は、70年前の過酷な極北の道で既に完成していたのである。
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