コラム

世界のVIPを魅了したアデナウアー・メルセデス。なぜ「300シリーズ」は究極と呼ばれるのか?【メルセデス名車列伝】《LE VOLANT LAB》

1951年、フランクフルトで開催された国際モーターショー(IAA)のメルセデス・ベンツのブース:新型M186エンジンを搭載した新型高級車300/W186が注目を集めた。
1951年、フランクフルトで開催された国際モーターショー(IAA)のメルセデス・ベンツのブース:新型M186エンジンを搭載した新型高級車300/W186が注目を集めた。
1950年代のメルセデス・ベンツ大型高級車300リムジン:ローマ教皇ヨハネ23世の専用車、西ドイツのアデナウアー首相の公用車をはじめとして、政府首脳や大会社の重役車として活躍。ボディの継ぎ目は極限まで精密に仕上げられ、いわゆる「チリ合わせ」の技術が投入された。写真は1959年の300d/W189。
筆者の手元には豪華な300シリーズのイラスト入りカタログがあり、VIPが愛用するムードとその品質を謳っている。写真はカタログの表紙。
300シリーズのスタイリング:堂々たる縦型グリルと大型ヘッドライトは、一目でメルセデス・ベンツの最高峰であることを主張。
300シリーズのスタイリング:イラストは300リムジンのサイドビュー。
300シリーズのスタイリング:イラストは300d/W189リムジンのサイドビュー(タイトルは安全地帯)。
300シリーズのスタイリング:イラストは300リムジンのカブリオレ。
豪華なパーティでも愛用された:イラストは300d/W189で、ピラーレス・ハードトップ4ドア・シックスラインのボディとなり、グラスセクションの広いすっきりとしたルックスであることが最大の特徴。
快適で広い室内空間を過ごせる:イラストは300d/W189。
当時の西ドイツでは3L超のエンジンに重税が課されていたので、排気量は2996ccに抑えられたが、開発陣はその制約の中で最高性能を追求。イラストは300d/W189(1957~1962年)の直列6気筒エンジン。
シャシーは戦後の170シリーズで培われた技術を発展させ、チューブラーフレームを採用:チューブ材をX型に組み合わせた構造は軽量で、ねじれ剛性が高く、大型高級車に求められる優れた操縦安定性と快適な乗り心地を実現。イラストは300d/W189(1957~1962年)。
イラストは300d/W189(1957~1962年)で、ATは5ポジション、前進1と3のトルコン。
メルセデス・ベンツ ミュージアムのコレクションルーム4「著名人のクルマ」には、アデナウアー首相が愛用した最後の1959年300d/W189(黒)が以前より展示。
アデナウアー首相が愛用した最後の1959年300d/W189(黒):後部座席に高級ベロアシートを採用し、電動昇降式ガラスパーティション・ウォール、折りたたみ式ライティングテーブル、右後部座席には有線操作ボタン付きの扇風機が備え付けられており、政治家が使用した座席の詳細が分かる。
アデナウアー首相が愛用した最後の1959年300d/W189(黒):右後部座席に設置された有線操作ボタン付きの扇風機のクローズアップ。
アデナウアー首相が愛用した最後の1959年300d/W189(黒):後席に固定式3点式シートベルトを装備。このシートベルトはメルセデス・ベンツが1958年末からオプション設定した最新技術で、アデナウアー自身もその重要性を高く評価していた証。
アデナウアー首相が愛用した最後の1959年300d/W189(黒):後部から見た前席コックピット。ダッシュボードは無垢のウッドパネル、ダッシュ中央のキンツレーの角形手巻き時計(これがまた壊れない)、重厚なクロームメッキ部品、グローブボックスには車載電話が格納。
アデナウアー首相が愛用した最後の1959年300d/W189(黒):リアウィンドウを開けた際に後部座席のVIPを風から守るウィンドディフレクターのクローズアップ。
アデナウアー首相が愛用した最後の1959年300d/W189(黒): 300のモデル名と1963年の退任後に使用されたアデナウアー専用のナンバープレート。
アデナウアー首相がロングホイールベースの300c/W186に乗っているカット:アデナウアー首相は、1951年から1963年までこの高級300シリーズ・リムジンを公用車として愛用し、退任後も私用で300d/W189を愛用した。
300シリーズ・リムジンから降りるアデナウアー首相:アデナウアー首相がトレードマークのシルクハットを被ったままでも十分な室内高があった。
アデナウアー首相(中央)がコモ湖を横断するカーフェリーに乗っている:イタリア北部のカデナッビアで休暇を過ごすことが多かった。写真には彼の300d/W189がはっきりと写っている。
300シリーズは世界のVIPに愛用された:世界的なオペラ歌手マリア・カラスも愛用した。
日本では1957年、ヤナセが宮内庁に300cを4台納車し、現・上皇后陛下である正田美智子さんが初めて皇居を訪問された折の送迎にも使われた。
300c/W186(1955~1957年)はロングホイールベースのランドウレット仕様を追加し、外国元首の訪問時に使用された。

宮内庁に保管されていた戦後メルセデス・ベンツの最高峰

筆者がメルセデス・ベンツ300リムジンと初めて対面したのは、ヤナセ入社3年目の1975年だった。直属の上司とともに訪れた宮内庁管理部車馬課には、300cリムジンが4台、そして昭和天皇御料車として知られる770グロッサー・メルセデスが3台保管されていた。戦前ドイツを代表する770と戦後ドイツ復興の象徴である300cが並ぶ姿は圧巻だった。

日本では1957年、ヤナセが宮内庁に300cを4台納車し、現・上皇后陛下である正田美智子さんが初めて皇居を訪問された折の送迎にも使われた。

日本では1957年、ヤナセが宮内庁に300cを4台納車し、現・上皇后陛下である正田美智子さんが初めて皇居を訪問された折の送迎にも使われた。

当時のダイムラー・ベンツ社は世界最古の自動車メーカーとしての名に賭けて1930年に770K/グロッサー・メルセデスを世に送り出し、1951年には300シリーズ(W186/W189)、さらに1963年にはグロッサー・メルセデスの再来と称された600/W100リムジンを発表した。特に、300シリーズ(W186/W189)はその壮大な系譜の中核を担う存在である。

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敗戦からわずか3年。廃墟の中から挑んだ最高級車プロジェクト

300/W186の開発が始まったのは1948年。敗戦からわずか3年後のことだった。当時のドイツは戦争による壊滅的な被害から復興途上にあり、工場設備は失われ、生産機械や鋼材はもちろん、設計に必要な製図用紙や鉛筆までも不足していた。それでもダイムラー・ベンツ社の技術者たちは執念の塊だった。CEOヴィルヘルム・ハスペル博士、技術責任者フリッツ・ナリンガー教授、そして後に300SLやレーシングカー開発でも名を馳せるルドルフ・ウーレンハウトらが中心となり、新しい時代の最高級車開発を進めた。冬には、従業員が暖房設備も不十分なオフィスや生産工場で厚いコートを着込みながら懸命に働き、暖をとった。

1950年代のメルセデス・ベンツ大型高級車300リムジン:ローマ教皇ヨハネ23世の専用車、西ドイツのアデナウアー首相の公用車をはじめとして、政府首脳や大会社の重役車として活躍。ボディの継ぎ目は極限まで精密に仕上げられ、いわゆる「チリ合わせ」の技術が投入された。写真は1959年の300d/W189。

1950年代のメルセデス・ベンツ大型高級車300リムジン。写真は1959年の300d/W189。

1951年4月、フランクフルト・モーターショーで300/W186は220/W187とともに華々しくデビューした。これは単なる新型車発表ではなかった。ダイムラー・ベンツ社が国際舞台へ復帰することを世界へ宣言する歴史的瞬間だった。当時のアメリカ市場ではキャデラックやリンカーンなど大排気量V8エンジンを搭載した高級車が主流だった。しかしメルセデス・ベンツはパワー競争ではなく、「品質と技術力」で勝負する道を選んだ。

300/W186のスタイリングは戦前と戦後の美学を融合したものだった。独立式フェンダーを持つ戦前型(ウィングタイプ)の威厳とフラッシュサイド(フェンダーとボディを一体化)の戦後型モダンデザインを巧みに調和させた。堂々たる縦型グリルと大型ヘッドライトは、一目でメルセデス・ベンツの最高峰であることを主張した。

筆者の手元には豪華な300シリーズのイラスト入りカタログがあり、VIPが愛用するムードとその品質を謳っている。写真はカタログの表紙。

豪華な300シリーズのイラスト入りカタログの表紙。

その存在感は国家元首や財界人の送迎車として理想的であり、まさに走るステータスシンボルだった。特に、パーティション・ウォールがオプションで用意され、ショーファー・ドリブンそのものであった。筆者の手元には豪華な300シリーズのイラスト入りカタログがあり、VIPが愛用するムードとその品質を謳っている。

税制の壁を越えろ。3L6エンジンに込められた最高性能への追求

この300シリーズの初代モデル/W186に搭載されたエンジンは直列6気筒SOHC ツインキャブレターのM186型。当時の西ドイツでは3L超のエンジンに重税が課されていたので、排気量は2996ccに抑えられた。しかし開発陣はその制約の中で最高性能を追求した。排気量拡大とSOHC化によって最高出力115psを発生し、最高速度155km/hを実現。

当時の西ドイツでは3L超のエンジンに重税が課されていたので、排気量は2996ccに抑えられたが、開発陣はその制約の中で最高性能を追求。イラストは300d/W189(1957~1962年)の直列6気筒エンジン。

イラストは300d/W189(1957~1962年)の直列6気筒エンジン。

シャシーは戦後の170シリーズで培われた技術を発展させ、チューブラーフレームを採用。チューブ材をX型に組み合わせた構造は軽量で、ねじれ剛性が高く、大型高級車に求められる優れた操縦安定性と快適な乗り心地を実現。寸法は全長4950mm×全幅1838mm×全高1640mm、ホイールベース3050mm。1955年からATを、1957年にパワーステアリングを採用した。

300シリーズの変遷

300シリーズは順次改良を実施したので、下記に整理しておく必要がある。

初代:300/W186(1951~1954年)は1951年IAAで発表された戦後ドイツ復興を担った最高級リムジン。エンジン型式はM186で、2996cc直列6気筒SOHCツインキャブレターを搭載し115psを発揮。

2代目:300b/W186(1954~1955年)は熟成されたアデナウアーと呼ばれ、M186型エンジンの圧縮比を向上し125psとなる。

3代目:300c/W186(1955~1957年)はロングホイールベースを追加し、後席を重視した国家元首向け仕様が充実。ランドウレットも追加し、外国元首相訪問時に使用。125psのM186型エンジンを搭載。

快適で広い室内空間を過ごせる:イラストは300d/W189。

快適で広い室内空間を過ごせる:イラストは300d/W189。

4代目:300d/W189(1957~1962年)はアデナウアーの完成型。その最大の特徴はピラーレス・ハードトップ4ドア・シックスラインのボディとなり、グラスセクションの広いすっきりとしたルックスだ。歴代の300からホイールベースが100mm伸ばされるとともに全長も5190mmに延長。エンジン型式はM189で、2996cc直列6気筒SOHCに、従来のツインキャブレターに代えてボッシュ機械式燃料噴射装置を搭載し、最高出力160psを発揮。

数字では測れない「究極の品質」を支えた極限の職人技

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Photo: Mercedes-Benz AG、妻谷コレクション/Tsumatani Collection

AUTHOR

1949年生まれで幼少の頃から車に興味を持ち、40年間に亘りヤナセで販売促進・営業管理・教育訓練に従事。特にメルセデス・ベンツ輸入販売促進企画やセールスの経験を生かし、メーカーに基づいた日本版のカタログや販売教育資料等を制作。またメルセデス・ベンツの安全性を解説する独自の講演会も実施。趣味はクラシックカー、プラモデル、ドイツ語翻訳。現在は大阪日独協会会員。

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