















一分一秒を争うF1を支えた救援者:メルセデス・ベンツ「C 32 AMG」メディカルカー
モータースポーツの最高峰であるF1において、事故現場へ救急医を最速で送り届けるメディカルカーは、ドライバーの命を守る重要な存在である。メルセデスAMGがFIAに公式車両の提供を開始して30周年を迎える今年、2001年から2003年まで実際のレース現場で運用された「C 32 AMG」の価値が改めて注目を集めている。ドイツ・シュトゥットガルトのメルセデス・ベンツ博物館で公開中の歴史的ワゴンの詳細に迫る。
【画像16枚】ワトキンス教授に捧ぐ特別な刺繍も。F1ドライバーの命を守った「C 32 AMG」メディカルカーの全貌を見る
伝説の救急医たちが乗り込んだ高性能ワゴン
メディカルカーは、一分一秒を争う瞬間に迅速な救助を行うというF1の安全コンセプトに不可欠な存在である。レースを中立化させるセーフティカーとは異なり、医療の第一線として事故現場へ直行し、負傷したドライバーの容態把握と応急処置を担う。事故が起きやすいスタート直後のオープニングラップでは、マシン集団の最後尾を追従して不測の事態に備えていた。
当時のクルーは、運転手がレーシングドライバーのジャック・トロペナ、助手席には脳神経外科医で当時のFIA安全・医療代表を務めたシド・ワトキンス教授が座った。後部座席には副代表で麻酔科医のゲイリー・ハートスタインと、現地の救助体制を熟知したサーキットの救急医が同乗した。203シリーズのワゴンは、まさに動く緊急医療室として機能していたのである。
秒単位の処置を可能にする専用装備と内装
いかなる条件でも確実に走行できるよう、運転手はスポーツバケットシートと4点式シートベルトで車両と一体化し、医師たちも同様のベルトとホールド性に優れたシートで激しいGから保護された。救急医たちは即座に処置を開始できるよう、医療装備の一部をレーシングオーバーオールの中や足元のバッグに常備していた。
センターコンソールにはシグナルライトの操作スイッチが配置され、足元には耐荷重を強化したミシュラン製サーキットタイヤ「Pilot Sport」が装着された。蘇生機材や消火器は荷室の可変式ロードボックスに格納されている。助手席足元のマットにのみ、車両開発に貢献したワトキンス教授へ敬意を表す「S. Watkins」の文字が刺繍されているのが特徴だ。
354psを発揮するスーパーチャージャーの実力
ベース車両には、広々とした室内空間と高い走行性能を兼ね備えた「C 32 AMG」のステーションワゴンが選ばれた。搭載された3.2LのV型6気筒スーパーチャージャーエンジンは、最高出力260kW(354ps)、最大トルク450Nmを発生する。最高速度は280km/hに達し、当時のCクラスで最もパワフルなモデルであった。
このモデルは2001年から2004年の間にわずか1556台しか製造されなかった希少な存在である。レース中、メディカルカーはピットでセーフティカーの隣に待機し、指令が下るとただちに最速で現場へ向かう必要があった。複数人の医師と重い機器を積載した状態でもサーキットを全力疾走できるパワーが、このワゴンには宿っていたのである。
人命保護を掲げるモータースポーツの新たな側面
メルセデスAMGは1996年以来、30年にわたりF1の公式セーフティカーとメディカルカーを提供し続けている。「C 32 AMG」は安全意識がプロフェッショナル化し、専門の緊急車両が不可欠なパートナーとして定着した時代の象徴といえる。モータースポーツがタイムだけでなく、責任と人命保護という人間味あふれる側面を持つことをこの車両は物語っている。
現在、実際に現場での任務へ就いたこのオリジナルの緊急車両は、メルセデス・ベンツ博物館の「コレクション3:救援者のギャラリー」にて、展示シリーズ「クローズアップ」の注目車両として公開されている。パフォーマンスと安全性がどれほど深く結びついているかを証明する歴史的遺産として、今なお深い感銘を与え続けている。
【ル・ボラン編集部より】
ステーションワゴンという実用的なボディに、354psのV6スーパーチャージャーを押し込む。かつてのAMGが放っていた「狂気」と「理知」の同居は、メディカルカーという極限の任務においてこそ真価を発揮した。F1マシンの隊列を猛追できる動力性能と、重装備の医療器具や複数人の医師を飲み込む空間効率。相反する要件を一台で成立させたC 32 AMGは、単なるハイパフォーマンスカーの枠を超え、ブランドが掲げる「究極の実用スポーツ」の体現者であった。最新の電動化AMGを語る上でも、決して忘れてはならない歴史的証人である。
【画像16枚】ワトキンス教授に捧ぐ特別な刺繍も。F1ドライバーの命を守った「C 32 AMG」メディカルカーの全貌を見る



