
ブランド哲学を象徴し次世代への橋渡しを担う存在
マクラーレンがレースの現場で積み上げてきたのは「速さ」と「運動性能」だ。その公式の頂点にあるのがフォーミュラワン(F1)であるのは言うまでもない。そしてそこで磨かれた技術は、常にロードカーへと反映されてきた。現行モデルの頂点に立つ「750S」は、まさにその結晶と言える存在だ。
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2010年に登場した初の量産モデル「MP4-12C」以来、マクラーレンは一貫してカーボンモノコックを核とする2シーター・ミッドシップのスタイルを貫いてきた。それは60年以上にわたるF1参戦の経験が導いた答えであり、軽さと剛性を兼ね備えた合理性はいまも揺るぎない。今回の試乗車である750Sスパイダーに腰を落とした瞬間、その”骨格の哲学”がまったく色褪せていないことを思い知らされた。
オープンでもクーペと遜色ない軽快な身のこなし
ディヘドラルドアを開け放って、低い姿勢でそのシートに潜り込むと、コクピットは驚くほどタイトに感じられる。だがそれは窮屈さではなく、老舗テーラーで誂えた仕立ての良いスーツのように、ドライバーへぴたりと寄り添う感覚だ。
ステアリングには余計なスイッチがなく、無駄を配した道具としての純度の高さが伝わってくる。メーターフード上のセッティング切り替えスイッチも、ドライバーの視界と手の届く範囲にきちんと収まっていて、ドライビングに集中できる環境が整っている。
だからだろう、エンジンに火を入れてアクセルを軽く踏み込んだだけで、車体との一体感が鮮やかに浮かび上がった。スパイダーはクーペより約50kg重いが、そんな数字を一瞬で忘れさせる軽快さだ。直前に試したGTSとは、明らかに身のこなしが違う。
これほどドライビングに夢中になれるスーパースポーツは他にはない
試乗地の軽井沢の道は、冬の影響で舗装が荒れ気味だった。それでも750Sスパイダーは驚くほどフラットな姿勢を保って路面の不整を見事にいなす。「プロアクティブ・シャシー・コントロールIII」と呼ばれるアクティブサスペンションが瞬時に減衰を調整し、硬さを抑えつつも切れ味鋭いハンドリングを失わない。ステアリングを通して路面のざらつきが伝わり、前後タイヤのグリップが手に取るように分かる。つづら折れのワインディングをクリアするときの軽やかさに、思わず笑みがこぼれた。
ドライバーの背後で響く4L V8ツインターボは、750psと800Nmを叩き出す。0→100km/h加速2.8秒、最高速は332km/hという数値は途方もないが、印象に残るのはむしろそのピークパフォーマンスよりも中低速域の扱いやすさだった。パドルを引けば、剛性感のあるクリックが指先に返ってくる。精密機械を操るような感覚に病みつきになり、つい不要なシフトダウンを繰り返してしまうほど。これほどドライビングに夢中になれるスーパースポーツは他にはないだろう。その意味でも750Sはこのカテゴリーにおいて特別な存在と言える。
日本限定のスペシャルモデルも登場
そんな750Sに、日本市場向け61台限定の「JC96」が用意されることが発表された。30年前の1996年、全日本GT選手権でラーク・マクラーレンF1 GTRがゼッケン61を背負い総合優勝を果たした栄光にちなんだものだ。JC96は内外装の特別仕立てに加え、マクラーレンのビスポーク部門「MSO」が設計したハイダウンフォースエアロキットを装備。大型スプリッターやリアウィングが与えられ、空力性能を徹底的に磨き上げたその姿は、レーシングスピリットを宿したロードカーそのものである。
さらに未来を見据えた「プロジェクト・エンデュランス」も見逃せないトピックだ。マクラーレンはモナコGP、インディ500、ル・マンを制した唯一の”トリプルクラウン”メーカーだが、それをLMDh規定のハイパーカーで再現しようとしている。顧客が開発段階から関わるカスタマープログラムも準備され、単なる所有を超えた”体験”を提供するという。スーパーカーを売るだけでなく、モータースポーツの未来そのものを共有する姿勢は、他に類を見ない取り組みだろう。
マクラーレンのロードカーの歴史は決して長くはない。だが、F1とロードカーの距離が近いからこそ、挑戦の精神は色濃く宿る。その意味で、750Sは単なる現行フラッグシップではなく、ブランド哲学を象徴し、次世代への橋渡しを担う存在だ。ステアリングを握り、背後のV8の鼓動を感じながら走った時間は、まさに「究極の先に見える新時代」を体感するひとときだった。
【Specification】マクラーレン750S スパイダー
■車両本体価格(税込)=45,700,000円
■全長×全幅×全高=4569×1930×1196mm
■ホイールベース=2670mm
■トレッド=前:1680、後:1629mm
■車両重量=1326kg
■エンジン型式/種類=M840T/V8DOHC32V+ツインターボ
■総排気量=3994cc
■最高出力=750ps(552kW)/7500rpm
■最大トルク=800Nm(81.6kg-m)/5500rpm
■燃料タンク容量=72L(プレミアム)
■トランスミッション形式=7速DCT
■サスペンション形式=左右:Wウイッシュボーン/コイル
■ブレーキ=前後:Vディスク
■タイヤ=前:235/35R19、後:305/30R20