宮内庁に保管されていた戦後メルセデス・ベンツの最高峰
筆者がメルセデス・ベンツ300リムジンと初めて対面したのは、ヤナセ入社3年目の1975年だった。直属の上司とともに訪れた宮内庁管理部車馬課には、300cリムジンが4台、そして昭和天皇御料車として知られる770グロッサー・メルセデスが3台保管されていた。戦前ドイツを代表する770と戦後ドイツ復興の象徴である300cが並ぶ姿は圧巻だった。
当時のダイムラー・ベンツ社は世界最古の自動車メーカーとしての名に賭けて1930年に770K/グロッサー・メルセデスを世に送り出し、1951年には300シリーズ(W186/W189)、さらに1963年にはグロッサー・メルセデスの再来と称された600/W100リムジンを発表した。特に、300シリーズ(W186/W189)はその壮大な系譜の中核を担う存在である。
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敗戦からわずか3年。廃墟の中から挑んだ最高級車プロジェクト
300/W186の開発が始まったのは1948年。敗戦からわずか3年後のことだった。当時のドイツは戦争による壊滅的な被害から復興途上にあり、工場設備は失われ、生産機械や鋼材はもちろん、設計に必要な製図用紙や鉛筆までも不足していた。それでもダイムラー・ベンツ社の技術者たちは執念の塊だった。CEOヴィルヘルム・ハスペル博士、技術責任者フリッツ・ナリンガー教授、そして後に300SLやレーシングカー開発でも名を馳せるルドルフ・ウーレンハウトらが中心となり、新しい時代の最高級車開発を進めた。冬には、従業員が暖房設備も不十分なオフィスや生産工場で厚いコートを着込みながら懸命に働き、暖をとった。
1951年4月、フランクフルト・モーターショーで300/W186は220/W187とともに華々しくデビューした。これは単なる新型車発表ではなかった。ダイムラー・ベンツ社が国際舞台へ復帰することを世界へ宣言する歴史的瞬間だった。当時のアメリカ市場ではキャデラックやリンカーンなど大排気量V8エンジンを搭載した高級車が主流だった。しかしメルセデス・ベンツはパワー競争ではなく、「品質と技術力」で勝負する道を選んだ。
300/W186のスタイリングは戦前と戦後の美学を融合したものだった。独立式フェンダーを持つ戦前型(ウィングタイプ)の威厳とフラッシュサイド(フェンダーとボディを一体化)の戦後型モダンデザインを巧みに調和させた。堂々たる縦型グリルと大型ヘッドライトは、一目でメルセデス・ベンツの最高峰であることを主張した。
その存在感は国家元首や財界人の送迎車として理想的であり、まさに走るステータスシンボルだった。特に、パーティション・ウォールがオプションで用意され、ショーファー・ドリブンそのものであった。筆者の手元には豪華な300シリーズのイラスト入りカタログがあり、VIPが愛用するムードとその品質を謳っている。
税制の壁を越えろ。3L直6エンジンに込められた最高性能への追求
この300シリーズの初代モデル/W186に搭載されたエンジンは直列6気筒SOHC ツインキャブレターのM186型。当時の西ドイツでは3L超のエンジンに重税が課されていたので、排気量は2996ccに抑えられた。しかし開発陣はその制約の中で最高性能を追求した。排気量拡大とSOHC化によって最高出力115psを発生し、最高速度155km/hを実現。
シャシーは戦後の170シリーズで培われた技術を発展させ、チューブラーフレームを採用。チューブ材をX型に組み合わせた構造は軽量で、ねじれ剛性が高く、大型高級車に求められる優れた操縦安定性と快適な乗り心地を実現。寸法は全長4950mm×全幅1838mm×全高1640mm、ホイールベース3050mm。1955年からATを、1957年にパワーステアリングを採用した。
300シリーズの変遷
300シリーズは順次改良を実施したので、下記に整理しておく必要がある。
初代:300/W186(1951~1954年)は1951年IAAで発表された戦後ドイツ復興を担った最高級リムジン。エンジン型式はM186で、2996cc直列6気筒SOHCツインキャブレターを搭載し115psを発揮。
2代目:300b/W186(1954~1955年)は熟成されたアデナウアーと呼ばれ、M186型エンジンの圧縮比を向上し125psとなる。
3代目:300c/W186(1955~1957年)はロングホイールベースを追加し、後席を重視した国家元首向け仕様が充実。ランドウレットも追加し、外国元首相訪問時に使用。125psのM186型エンジンを搭載。
4代目:300d/W189(1957~1962年)はアデナウアーの完成型。その最大の特徴はピラーレス・ハードトップ4ドア・シックスラインのボディとなり、グラスセクションの広いすっきりとしたルックスだ。歴代の300からホイールベースが100mm伸ばされるとともに全長も5190mmに延長。エンジン型式はM189で、2996cc直列6気筒SOHCに、従来のツインキャブレターに代えてボッシュ機械式燃料噴射装置を搭載し、最高出力160psを発揮。
数字では測れない「究極の品質」を支えた極限の職人技
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